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議会のあゆみ


県会議事堂落成式
(写真1)

県会議事堂落成式
(写真2)

第1回(定例)県議会開会
(写真3)

県議会100年記念式典
(写真4)

第237回(臨時)県議会開会
(写真5)

県議会250回記念式典
(写真6)
明治
12年 5月中央区山本通の真宗本願寺説教所を仮議場に第1回県議会開会。
15年 4月県会議事堂落成式。(写真1)
大正
11年11月県会議事堂落成式。(写真2)
昭和
22年 4月新選挙法による県議会議員選挙。(72人)
22年 5月第1回(定例)県議会開会。(写真3)
24年 4月女性議員初めて誕生。
26年 3月議員定数改正。78人(6人増)に。
27年10月定例会の招集月を毎年2月、6月、9月、12月と定める。(28年度から適用)
31年10月定例会回数条例公布。(年4回)
33年 10月議員定数改正。83人(5人増)に。
37年 12月議員定数改正。87人(4人増)に。
39年 2月第100回(定例)県議会開会。
41年 4月定例会の招集月を毎年2月、5月、9月、11月とする。
41年 12月議員定数改正。90人(3人増)に。
45年 9月第129回(定例)県議会開会。
県庁第2号館の落成式に先だって、新議場(現議場)で本会議を開会。
46年 1月議場棟、県庁第2号館落成式。
53年 5月県議会100年記念祭典。(写真4)
57年12月46選挙区に改正。
61年 9月県議会200回記念式典。
平成
2年 3月県庁第3号館完成。
2年 6月議員定数改正。94人(3人増)に。
6年 9月議員定数改正。92人(2人減)に。
7年 1月第237回(臨時)県議会開会。阪神・淡路大震災による災害対策審議のため招集。災害対策特別委員会を設置。(写真5)
7年 6月県議会議員選挙。(震災により2カ月延期で実施)第240回(臨時)県議会開会。震災復興特別委員会を設置。(同年7月)
7年10月政治倫理の確立のための兵庫県議会議員の資産等の公開に関する条例を公布。(同年12月31日施行)
7年12月定例会の招集月を毎年2月、6月、9月、11月とする。
9年11月県議会250回記念式典。(写真6)
10年 9月選挙区別議員定数改正。(神戸市長田区1減、神戸市西区1増)
11年 3月委員会条例改正。常任委員会などの一般傍聴に関する規程を整備。
12年 3月委員会条例改正。常任委員会の数・名称・委員定数等を変更。
12年 4月兵庫県議会情報公開条例を公布。
(13年4月1日施行)
13年 3月兵庫県政務調査費の交付に関する条例を公布。(同年4月1日施行)
14年10月議員定数改正。93人に。(2人増、1人減
17年 4月44選挙区に改正。
18年 3月 県行政に係る基本的な計画の議決等に関する条例を公布。(同年4月1日施行)
18年 9月議員定数改正。92人に。(1人増、2人減)
20年 7月定例会の招集月を毎年2月、6月、9月、12月とする。
21年5・6月県議会300回記念式典
22年 3月41選挙区に改正。現行の89人(3人減)
24年 3月兵庫県議会基本条例を公布(同年3月23日施行)

(兵庫県議会の沿革)
 
1 本県で初めて議会という名称が用いられたのは、明治8年5月に開かれた区長会議から。このときは地方官会議の決定に基づいて府県会規則の制定についての協議が行われた。次いで明治10年9月に県会仮規則によって県会が開催されたが、この県会も議員の半数は区長で、諮問機関的な存在だった。
2 県会としての機能が正式に認められたのは、明治11年7月に太政官布告が公布され府県会規則が制定されてから。同12年2月に初の県会議員選挙が行われ、74人の議員が県下1区33郡から選出された。同年5月13日に第1回の県会が招集され、神戸市中央区山本通3丁目の真宗本願寺説教所(現・光尊寺)を仮議場として5月15日から6月29日までの46日間にわたって開催された。この県会では県会議事規則、県会議事傍聴人取扱心得、県会議事傍聴心得、予算等の案件の審議が行われた。
3 その後、郡区の改編、市町村の配置分合あるいは3部制の実施等があり議員定数も増減したが、明治23年5月府県制の制定(本県においては同29年10月施行)によって議員の定数は44人となり、各郡市ごとに人口を基準として定数が配分されたほか間接選挙制度が採用された。
 次いで、同31年10月人口の増加に伴って議員定数は50人に増加し、さらに同32年7月府県制が全面改正され、市部選出議員12人、郡部選出議員40人合わせて52人となった。このとき直接選挙制度が復活し、投票区を市町村単位に改め、議員の任期を4年に定めるとともに、常置委員に代わって市部会及び郡部会に参事会が設けられた。
 この改正以後はしばらく議会制度の大きな変革はなかったが、議員定数は人口の増加に伴って逐次増加し、大正14年5月に公布された普通選挙法による最初の県会議員選挙が行われた昭和2年には56人であった。
4 終戦後は新憲法が公布され、民主化の線に沿って議会の機能も大きく拡充された。昭和22年4月の県議会議員の選挙では72人の議員が選ばれた。その後議員定数は、昭和26年4月78人、34年4月83人、38年4月87人、42年4月90人、54年4月91人、平成3年4月94人、平成7年6月92人、平成15年6月93人、平成19年6月には、92人となり今日に至っている。
5 明治12年5月15日第1回県会本会議が開会されて以来、昭和53年でちょうど100年目に当たる昭和53年5月15日には兵庫県議会100年記念祭典が行われた。
 また、地方自治法施行後に開かれた昭和22年5月定例県議会を第1回と数え、平成21年5月臨時会は、第300回目となり、記念講演会が開催された。